60% water

ヒトのからだの60%は、水で出来ている。

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20100814 spin-off おやかた ?一期一会?

親方。

僕の、古い友達。

出会ってから、お互いがお互いを『トモダチ』と認識するようになってから、今年の夏で、ちょうど20年になる。

同級生…ではない。
僕より一つ年下の親方。

同じ地元…でもない。
僕は三重県の長島町、親方は隣町、愛知県の弥富町(現・弥富市)。

同じ高校…でもない。
同じ愛知県の高校に通ってはいたけど、二人とも、別の高校。



20年前の夏休み。

当時、高校二年生の僕は、アルバイトをすることになっていた。

同じクラスのやつが、「平野、長島温泉でバイトしたいから、口利き頼む」と言われた。
うちの親父がその「ながしまおんせん」とやらで働いていたので、バイト選考には融通が利いたのだ。
と同時に、一緒に働こうよ、とも言われたのだ。

僕自身はというと、この当時、本当に何の目標もなく、ただ漫然と生きていた。
スポーツするったって、地元の友達と草野球をちょいちょいやる程度。
勉強も、まるっきり目標がなくて、せいぜい、赤点を取らない程度に、試験前に教科書をなめる程度。
悩みもしなければ、疑いもしなかった。
つまり、まるっきり向上心のかけらもなかったのだ。

バイトというものは、その前年の冬休みに経験していた。
パソコンが欲しかったからだ。
郵便局の年末の、あのバイトだった。今思えば、奇縁だ。
でも今回は、なんも目的がなかった。
でも、どうせ暇なんだし、お金はあったに越したことはないから、もうけたお金の使い道はさておき、一緒にやることにしたのだ。



バイト初日。
同じクラスの友人だった、僕にバイトの口利きを頼んだ男は、初日から来なかったのだ。
そいつは結局、バイトへ一度も来なかった。
ばつが悪くなったのだろう、そののち、夏休みが明けた後、僕を避けるようになった。
謝ればそれでよかったのに、僕を避けてしまったがため、僕のそのほかの友達からも敬遠される結果となった。まあもちろん、そいつの自業自得なんだけど。

さておき、つまり、二人でやるはずのバイトが、初日から一人になってしまった。
バイト先からは連絡を取るように言われたが、当時は携帯電話はおろか、ポケベルすらない時代。
家に電話をかけてもなしのつぶて。
近所の友達なら家へ訪問できるが、残念ながら、そいつの家はどこにあるのかわからない。高校の友人なんて、そんなもんだろう。

バイト、知り合いはいなくとも、僕と同じく夏休みを利用して小遣いを稼ごうとする高校生はほかにもいた。
そのなかに、一級下の『ワカマツくん』という子がいたのだ。

もちろん、僕が配属された部署にはワカマツ君以外にも何人かいた。
全部で4人。
僕とワカマツくんと、ワカマツくんと同い年のサトウくん、それから、二十歳を超えていたフリーター。名前は失念。
二十歳を超えていた人は、高校生の僕らからすれば、かなりの大人に見えたし、実際、大人だった。
配属初日から、4人とも同じ業務を任された。使う側は使う側で、何も知らない人、しかも一ヶ月ちょっとで辞めちゃう人たちにあれこれ教えるつもりはないのだろう、人手の要りそうで、且つ説明する必要もない仕事を回された。
それは例えば、山芋をただ延々とすりおろしたり、山のように盛られた使用済みの食器を洗わされたり、100を軽く超す量の小鉢に冬瓜を一個一個載せていったりと、簡単だけど量が多くて大変な仕事をさせられてたのだ。
だからこそ、時間が過ぎるのが遅く感じたし、一緒にいる時間も長かったから、職務中は小声で、休憩中は大いにしゃべった。
4人で一緒に昼ご飯を食べたりもしていたので、一週間もしないうちに仲良くなった。
だけど、大人のフリーターは、やっぱり大人だからか、僕たちは知らず知らず、少し距離を置いていた。
それと同時に、サトウくんなる人物は、いかにさぼるか…しか考えない人物で、特にひどいのが、出勤間もなくトイレへ入り、昼の休憩まで出てこなかったりもした。

サトウくんは素行不良で夏休み半ばで職場へ顔を見せなくなった。クビになったのだと思う。
サトウくんがクビになり、昼は大体、僕とワカマツくんが二人で休憩に入ることが多くなった。
職場の食堂では全国高校野球大会、いわゆる甲子園の中継がされていた。
野球を見ながらいろんな話をした。

「バイト代をなんに使うの?」

と僕はワカマツくんに尋ねた。
彼は、働いて原チャリを買うのだと言った。
すると彼から、

「ヒラノさんは何に使うの?」

と聞かれ、返答に少し時間がかかった。
自分から訊いた質問のくせに、自分の回答がなかったのだ。
しばらくして答えたのが、

「ぼくの草野球チームみんなに、ユニフォームを買う、その資金にしたい」と答えた。

そもそも当時、僕が主催していた長島イーグルスは、単に、僕の地元の友達の集まりであった。
確かにみんな野球が好きだけど、率先してユニフォームを作るほど明確に活動は行ってなかった。
時々集まっては野球の練習をしてみたり、たくさん集まったときには人数を2で割って、紅白戦みたいなことをしていた、ただそういう集まりだったのだ。
みんな田舎の子供なので、必需品といえるグローブは持っていた。
ただ、バットなど、そのほかの道具は、たとえば体育の授業でソフトボールだったりするケースだと、学校が用意してくれるからあまり必要がない。
だから、グローブ以外の必要な道具は、僕がお小遣いを貯めて買って、それをみんなで使っていたのだ。
そこへ僕が働いたお金でユニフォームを買い与えること自体は、僕にとって全然苦痛じゃなかった。
無駄遣いじゃなかった。
ユニフォームがあれば、ただの草野球好きな少年たちというカテゴリーから一歩進んで、『ちゃんとした草野球チーム』としての一体感がでるし、ユニフォームがあれば、ちょっとした大会にも出ることができる。
メリットは、十分にあったのだ。

自分がバイトしたお金で、自分と友達たちのユニフォームを何着も買うという、そんな戯けた話に、ワカマツくんは、ノッてきた。
彼自身、中学時代は野球部に所属していたそうで、高校に入ってからというものの、なんとなく野球はしたいと思ったはいたけど、いま、テレビでやっているような、甲子園を目指してガチで練習するスタイルに飛び込むつもりもなく…という状況だったらしいのだ。

ならば、いっぺん、僕のチームと一緒に遊んでみるかい?

と誘った。二つ返事だった。

早速、僕たちは次の日のバイトのシフトを変えた。
いつもより2時間早く職場へ入り、2時間早く職場を去った。
…で、バスに乗って、僕の家へ。
そこにはばらばらとチームメイトが集まっていた。
ワカマツくんを含めた僕らはその日、日が落ちるまで河川敷でボールと戯れた。
日が暮れると再び家へもどり、みんなと一緒に背番号の話をしたのだ。
僕がユニフォームを作るから、みんなの背番号を決めよう、と話した。
その時、ワカマツくんが選んだ番号が10番だった。



その後もバイト先で顔を合せては、話した。
彼は宿題をいっぱい貯めこんでいるらしい。夏休みが終わる前に片づけなければ、と言っていた。
僕は珍しく、今年の夏休みはバイトをするからと、早めに片づけていた。
僕が夏休みの宿題を7月中に終わらせたのは、後にも先にもこの年だけだったと思う。
僕は僕で、ユニフォームの注文を早くも業者に済ませていた。
見積もりを見ると、少し足が出てしまった。
けれでもそこは、さすがにみんな、足らない分を自分たちで出す…ということで、ひとり2000円ほどカンパしてもらった。
ワカマツくんも出した。
ユニフォームは9月の16日に手元へ届く…ということで、その次の日は朝からみんなで集まって、いつもの河川敷で、真新しいオリックス柄のユニフォームにそでを通して球遊びしよう…ということになった。



もうすぐバイトも終わる、夏休みが終わる、という、8月下旬。
ワカマツくんは、突然職場に来なくなった。

変だな…と思って、職場のチーフに訊いてみた。

「ワカマツは、今日から宿題をやるために休みで、昨日が最終日だ」

しまった……確かにそんな話、してた。
宿題やらなきゃ…って。
昨日、僕はうっかり休みだった。だから僕たちは、最後の挨拶すら交わしてなかった。
なにがまずかったかというと、僕は彼の連絡先を訊いてなかったのだ。

チーフに、ワカマツくんと連絡を取りたいから教えてくれ…といった。
でも当然、知るはずもなく。
規模のちっちゃいコンビニとか小売店的規模ならともかく、ここは毎年、夏になると1000人近くアルバイトを採る会社。
いちチーフが知っているはずもなく。

しまった…これは、大失敗だ。

一つ望みがあるとすれば、たったの一回だけ来た我が家に、ユニフォームを着て遊ぶ9月17日にワカマツくんが来てくれることだけだ。
だけども、たったの一回しか来たことがないわけで、しかもうちは住宅街の中にある、特にこれといった特徴もない一軒家。
500軒以上ある住宅街から、我が家を見つけられる可能性は限りなくゼロに近い。

本気で泣きそうになった。



ユニフォームが来た。
大きな段ボールの中には、オリックス柄のユニフォームが11着入っていた。
オリックスの柄だけど、胸には間違いなく、僕たちのチーム名『EAGLES』と入っていた。
背番号ごとに、みんなに渡していった。
ただ、背番号10番だけが、段ボールに残ってしまった。

みんなそれぞれが、それぞれの番号の入ったユニフォームにそでを通した。
僕も21番の入ったユニフォームにそでを通したが、あまり興奮しなかった。
背番号10番がいないからだ。

みんなユニフォームに着替え終わって、いざ野球をやろうと家を出て、各々の自転車にまたがり、河川敷の球場へ向かおうとした。

その時、一台の真新しい原チャリが甲高い音を立てて、こちらに向かってきた。
原チャリは、まさに球場へ向かおうとしている僕たちの前で停まった。

「遅くなってごめん」

フルフェイスのヘルメットの下には、夏のころより少し痩せた顔をした、ワカマツくんの人懐っこい笑顔が除覗いていた。



以降、付き合いは続いている。

ワカマツくんは親方になり、ヒラノさんは、ようくんになり。

疎遠になっているところ、首の皮一枚つながっている、そんな感じをずっと続けながら。

この日、再び同じフィールドに立つこととなった。



やっとこの記事を書けた。

9月に入ってからというものの、突然忙しくなって、なかなか時間がとれませんでした。

こないだの土曜のリレーマラソンのことも書きたいのだけれど、それはまた、初勝利の記事を書き終えてから書きます。

やっぱりパソコンから書くと、違うね。ケータイ更新、考えものですわ。

では、おやすみなさい。
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