60% water

ヒトのからだの60%は、水で出来ている。

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弔辞

運の強い男だった。

彼が高校時代に残した記録で、5打席連続三塁打というのがあったそうだ。
ホームランは狙って打てるが、三塁打は狙って打てない。
それを五打席連続となると、バッティング技術以外の『何か』を持っていないと達成できない。



プロのキャリアは日本ハムにドラフト外で入団することから始まる。
捕手としてのスタート。
レギュラー争いどころか、入団間もなく登録枠に漏れて任意引退扱いになったりもした。
一度は消えた身、チャンスを広げるため、強肩を活かして外野手へ転向。
捕手時代に比べれば多少の出場機会に恵まれたが、それでも大きな飛躍はなかった。



トレードで広島へ移籍。
球団から正田の後釜として二塁手転向を打診され、二塁手に挑戦。
さらには野村健二郎の控えとして遊撃手にも挑戦。
ケースバイケースで内外野の両方を守り、打撃ではスイッチヒッターを体得したりと器用さを見せ、拘りを捨てて、降ってきたチャンスを捕まえるためにガムシャラに努力した。
その結果、見事にレギュラーを獲得し、広島になくてはならない選手となった。

またこの当時、奇しくも同世代の『きむらたくや』というタレントがブレイクし、このタレントと偶々同姓同名だったことから『球界のキムタク』として広く世間に認知してもらえるようになったことも、彼の持つ強運を支えるエピソードの一つだろう。

『投手以外はどこでも守れる』というスキルを身につけた結果、最終的には初の五輪オールプロ選手によるチーム、通称『長嶋JAPAN』のメンバーにまで選ばれた。

この後トレードで巨人へ移籍、家族を広島に残して東京へ単身赴任。
全ポジションを守れるスキルは、打撃偏重の巨人ではなお重宝されることとなり、あらゆる意味での繋ぎ役として揺るぎない地位を得、巨人が日本シリーズ制覇の栄誉を戴冠した昨季、そのまま現役を退いた。



単身赴任のままコーチとして第二の野球人生を始めた矢先の訃報。

持ち前の強運で復活してくれるんじゃないかと思っていただけに、訃報を聞いたときには絶句した。
でも、彼にとっては幸せな最期なんじゃないかと思った。

彼は、野球人のままグラウンドで果てた。
家族のいる、思い出が詰まった広島で、大好きだった守備練習中に。
巨人のユニフォームは広島の土にまみれて。
巨人と広島の両ファンに看取られて。

嘘みたいに用意されてた最期。

キムタク、ありがとう。

合掌。
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