60% water

ヒトのからだの60%は、水で出来ている。

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報告

お義父さんはかなり難しい状況だと言うことを、自分の目で確かめることが出来た。
見舞いに行ったその日から痛み止めの薬を代えたせいで、比較的状況が良かった一昨日から一変、昨日は随分痛かったみたいだ。



朝に自宅を出て、昼前に妻と名古屋駅で合流。
こっちは比較的穏やかな天気だったのに、名古屋はすこぶる雨だった。
痛み止めのくだりを聞き、お父さんの状況が多少良くなるまで(薬の効き目が落ち着くまで)、昼を食べるなどして名古屋駅の地下街で時間を潰した。
久しぶりに『あんかけスパゲッティ』を食べた。
あんかけスパも名古屋名物。
案外、名古屋名物って多いってことを、名駅地下街をうろついてわかった。
この『地下街』もまた、名古屋名物。
この日はいつも以上に、やけに地下街がごった返していた。
御用納めの会社がちらほらあったみたいで、昼食を摂った店ではあちこちから納会の会話が、名古屋のイントネーションで聞こえた。
こちとら、病気の具合を話しているというのに。



午後、病院へ。
以前、沖縄で会った時に比べてやつれているのは当たり前。
むしろ、自分が想像していた状況よりは、酷くはなかった。
ただ、『新しい薬』と呼ばれていた痛み止めは、あれはモルヒネだ。
「便が全然出ない」と言ったお義父さん。
お腹を蝕む癌が腸に悪影響を及ぼしているのか、それともモルヒネの顕著な副作用なのか。
どちらにしろ、つらい状況に代わりはない。
でも、言葉ははっきり喋るし、多少の食欲もあるし、変かもしれないけど、少しだけ安心した。
体が痛くてなかなか眠れないらしく、話をしながらあれこれと体勢を変えていた。
この喩えは変かもしれないけど、歯が酷く痛いときや、強烈な偏頭痛をくらったときって、一つの姿勢のままでいられない。
あんな感じなんだろうか。
どうしても『疼痛』と聞くと、歯痛か頭痛を連想してしまう。
話している最中にも疼痛が強くなったみたいで、座薬を入れてもらった。
それで幾分か落ち着いたみたいで、そのまま浅い眠りに入った。
眠ったのを見て、妻を置いてそっと病院を抜けた。



実家へ帰った昨日は結局、一泊することになった。
疲れたのだ。

実家へ到着したのが17時ごろ。
理由はともかくとして、1万強も出して名古屋へ出てきたのだから、そこから電車で20分のところに寄らないまま帰るのもおかしい。
正直、あのまま神奈川県方面へ帰ってしまいたいほど、病院を出たときの自分は疲れていた。
だけど、実家のみんなも私が帰ってきているのを知っているし、とりあえず、顔を出しておこう、と。
だけど、せいぜい2時間くらいしか居られないのだ。
19時にはここを出ないと、帰るのが終電級に遅くなる。
次の日は早番だし、前の日はあまり眠れなかったし、きちんとした睡眠を摂らなくちゃいけなかった。

ヒラノ薬局へ到着。
ケータイの充電が早くもなくなりそうなので、弟の充電器を借りて、充電。
そんな折、ケータイへ一本電話が入った。
仕事先からだった。
用件自体は大したことではなかったんだけど、職場に繋がったついで、翌日のシフトを変更できないかどうかを打診してみた。
朝からではなく、午後からのシフトにしてもらえば、ここで寝てから帰れる。
結果は良好。泊まれることとなった。



平野家は、明るい。
ついこないだまで癌を宣告されたにもかかわらず、今こうやって宅を囲んで、談笑して食事をすることが出来る環境があるわけで。
無論、がん告知前の団欒と、今の団欒ではわけが違う。
崩壊寸前だったのを、奇跡的に戻したのだから。

私が長島で一泊することを知った妻は、病院から帰ってきたあとに顔を出した。
妻にしてみれば、今までの彼女の人生の中で今がもっとも恐ろしく、淋しくて苦しい時期だろうと思う。
平野家は、癌から生還した人間が二人も居て、その人たちが団欒の中心となっているわけで。
もちろん、癌による爪痕は二人とも負っていて、東洋は声が変わってツバが出ないし、月ちゃんは、白血病を克服するために投与した抗癌剤の副作用による心臓病を患っているわけで。
それでも、生きている。今ここで宅を囲んで笑っているのだ。
妻からすれば、覚悟も出来ていたことだし、そのための思い出作りもしたことだし、あとは精一杯サポートするしかないことはわかっているだろうけど、それにしてもこの席は、あまりにしんどい席だったんじゃないかと。
そんなことを少し気に掛けていたからなのか、随分お酒を呑んだのに、私はあまり酔っていなかった。
弟はだいぶ酔っ払ったみたいで、自分のケータイを忘れて酩酊状態で家へ帰った。というか、奥さんに連行されるように帰っていった。

妻があの団欒をどう思ったのかは、本当のところ、わからない。
だけど俺が逆の立場だったら、不埒にも呪うようなことを思ったのかもしれない。



団欒が終わったあとは妻とそれなりに今後のことを話した。
結局妻も、平野家へ泊まっていった。
ひょっとしたら、ここのほうが少し楽だったのかもしれない。
私に出来る事といえば、妻がしたいように、出来る限りしてやる、ということくらい。

仲がいいんだか悪いんだかわからない、微妙な距離感の夫婦関係に変わりはないんだけど、かたちはどうあれ、ちゃんと婚姻関係を結んだ夫婦なのだから。
出来る限り、抱える問題は共有したいわけで。
少なくとも、俺は。



朝起きて、朝ごはんを食べて、家を出た。
自分の家には帰らず、大した用意もないまま、職場へ。
奇跡的に定時で終了。
家へ歩いてる最中、雨が降り出した。
傘も持ってないので、鶴川駅近辺で雨宿りして、小降りになるのを待ってから家へ帰ってきた。

家へ帰ってきたら、2階の窓が開いたままだった。
特に何か物取りをされた様子はなかった。風を通しておこうと窓を開けたまま家を出てしまった私の不注意だったのだろう。

開いていた窓をぱたんと閉めると、いつもよりやけに静かな家となった。
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