60% water

ヒトのからだの60%は、水で出来ている。

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『雅』と書いて『プレミアム』と読む。?サントリー武蔵野ブルワリー工場見学?

いつだったか、あれこれと遊びアイデアが出ていたあるとき、ビール工場見学の話が出ていた。
ここのブログにも、コメント欄でそんな話が出ていたような記憶が。
近頃、そんな予定がいっぱい立てこんでて、16日の勤務を休みにしていた理由、すっかり忘れていたのだ。
杉並で練習した時に、とりさんに思い出させてもらい、事なきを得る。

…さて、てなわけで、これも動画としてアップいたします。
なにせ昼から夜まで飲みっぱなし。
3次会の映像を見るに、俺って酔っぱらうと、あんな感じになるのね。。。
すんごいアホ丸出しじゃないの。
知らない人がこの映像を見たら、「あの人だけは友達になりたくない」って言われそう。

そんな動画。

帰り際ののざる君の手にあるエコバッグに注目。
ピンクのパンダ。
次回活動時に、返却願いますm(_ _)m


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絶滅種 | コメント:2 | トラックバック:0 |

記念すればよかった(BlogPet)

きのうようすけと、記念すればよかった?

*このエントリは、ブログペットの「楊楊」が書きました。
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僕にできること・君ができること

書こうかどうか、さんざん迷ったことがある。

ここ数日で、信じがたいことが、起こった。
私自身ではなく、友人・知人の身に起こった出来事だったので、書くべきか迷った。
でも、記しておかねばならないことなんだ、と思って、キーボードを打ち始めた。
時間が流れるにつれ、そういうことは人々の記憶から薄れていく。
忘れちゃいけないこと…知っていた、この世に存在した証を、自分なりに残さなければ。そう思った。



3日前。
訃報が届いた。
とある若手映画監督が突然死したという報だった。
この若手映画監督と、面識があった。
何度か酒席を共にして、馬鹿話に花を咲かせた。

その報を伝えてくれた友達は、自分の結婚報告と一緒に、教えてくれた。
彼が結婚するのは、人伝に知っていた。
けれど、ニュースにもなっていたというそっちは、まったく、知らなかった。

林田君、安らかに。
デビュー作が遺作に…なんて、そういうドラマは、望んでなかったよ。
天国で、好きなだけ自分の映画、撮ってください。



その翌日、もうひとつ、来た。



君にメールを返信するとき、今までに経験ないほど、慎重に言葉を選んだ。
たったあれだけの返信メール、送信ボタンを押すのに、数時間、かかった。
途方もないやりきれなさに、張り裂けそうになったよ。
…でも、そういうシリアスな状況を、きちんと伝えてくれて、ありがとう。

君が誰かに当たりたいくらいなら、その時は呼んでくれ。むしゃくしゃして殴りたいなら、殴られてもやろう。

でも、奥さんを救えるのは、君だけなんだ。
嘘でもいいから、奥さんの前では、強い男でいよう。嘘でいいんだ。
きっと奥さんも、嘘だとわかって、それでも甘えられるスペースを作ってくれていることに、きっと、後々感謝してくれるはずだよ。

「月並みだけど」と君のメールにあったけど、最近、思うんだ。
当たり前すぎることって、あまりに当たり前すぎて、感謝することすら忘れちゃうんだよね。
今ある当たり前のことが、ある日突然、当たり前でなくなったとき、その価値を改めて知る。…いや、『改めて知る』じゃなく、『初めて知る』かもしれない。

君が俺に返した言葉は、たしかに月並みかもしれない。
でもそれ、すごく大切なこと。
そしてまた、気をつけないといつかまた忘れてしまう、当たり前のこと。

いつもいつも当たり前であり続けることの難しさを、日々意識しつつも、少しずつでいいから前へ進みたいよね。
でも今は少し立ち止まって、たっぷり悲しんでいいんだと思う。
涙も枯れたころ、また何か新しいことを見つけられるんじゃないかと、そう思う。

忘れたい、けど忘れられない、忘れたくない。

この言葉の矛盾を、いつか君はきれいに溶かして、昨日以上に君らしい君が、明日の俺の前に現れることを、友人として、待っています。
待つくらいしかできない私ですが、とりあえず、待ってます。



二つの魂へ、この文章とともに、ささやかな黙祷を捧げたいと思います。
脳内メモ | コメント:2 | トラックバック:0 |

制限とか手渡ししないです(BlogPet)

楊楊は、開店間も生活されたみたい…
でも、きょう楊楊は、制限とか手渡ししないです。

*このエントリは、ブログペットの「楊楊」が書きました。
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あれこれといろんなことを、この年齢になっていまさらやるのは、たくさんの思い出を作ろうとしているのであって。

筋肉痛もやっと癒えた今日は休暇。
新しい生活のことも少しは意識していて、今日は若干、仕事のことで調べ物をしてみたりして、ひもすがら、おうちにひきこもっておりました。
日が傾くと途端に寒くなってきて、暗くなる頃にはついに今季初のガスストーブに火を入れたりして、暖を取ったわけです。
そういや、うちの炬燵、去年の終わりごろに壊れちゃったんだったな。
直すべきか、ひと冬我慢するべきか、迷うところです。

さて。
筋肉痛の原因は、もちろん先週の土曜の駅伝であります。
今回で2回目なんですが、これが思った以上に楽しい。
楽しい…という表現には語弊があるのかもしれないけど、もちろん、中距離・長距離を走るわけだから、それなりの苦労はあるわけです。
しかも、駅伝だけに、一人ではないので、大きなプレッシャーものしかかるわけです。
そのプレッシャーを背負い、また、同じプレッシャーを背負ってる仲間たちと運命を共にして、最後まで走りぬいた時のカタルシスたるや、今までのどのジャンルでも味わったことのない、とっても爽快な気もちなんです。



TK氏の、ある程度想定内だった、大会2日前ドタキャンから始まり、そのドタキャンで急遽来てくれることになったそうへいさんとがっつんと、誘ってくれた主であるランニングクラブキャプテンのよしりん、フルマラソン完走履歴が6回もあるでかちゃん、そして私の5人で、i-Fsのユニフォームに身を包み、臨んでまいりました。

距離が一番長い1区(10km)は、エースのでかちゃん担当。フルマラソン経験者ではあるけど、駅伝は初めて。
2区(5km)はよしりん。
前回の横田ではアンカーだったため、同距離の4区をそうへいさんに預け、彼が2区へ。
私は2週間ほど愚図っていた風邪の影響もあり、距離の一番短い3区(3km)のランナー。
私も前回は1走だったので誰かからタスキを受ける経験がなくて、今回、真ん中を走ることで、より一層、誰かからの思いを繋いで走る感覚を感じてきました。

2区ランナー、よしりんのラストスパートのペースにつられ、タスキを受けた時のスピードのままリレーゾーンを駆け抜けていきました。
500mほど走ったあたりで、

『あれ、やべぇぞ、俺より速いペースの人を見つけてないぞ!』

と、抜いてばかりで抜かれていないことに気付いたのです。
ところが経験不足の勘違いが顔を出しまして。3km程度なら、これくらいのペースでも行けちゃうんじゃなかろうか…って、馬鹿な発想が頭の中に生まれました。
1km地点手前で早くも息があがっちゃって、顎も上がって呼吸も乱れ、当然ペースが落ちてきました。
そのペースを維持することを心がけるようにして走ると、やっと誰かに抜かれ始め、変な表現ですが、安心しました。
短い距離なので、ペースメーカー的な人を見つけることもなく、ただ淡々と、ゆるい坂を下り、上り、息を整え、抜き、抜かれ…を、繰り返しておりました。
折り返し地点を過ぎてから、恐ろしく速いスピードの人たちに抜かれ始め、先頭集団(こちらはもうアンカー)たちの異常なペースを知り、同時に己を知り、自重した走りになりました。
2km地点を過ぎたあたりから、喉のあたりがいがらっぽくなり、痰が絡んだ状態が長く続きました。
風邪をひいてる時に持久走をやっちゃあイカンな…そう思いました。
痰が絡むと必然的に呼吸が乱れるので、走ってる時の苦しさは急加速度的に増していきます。
息苦しいのをこらえながらも、あと少しでゴールなんだ…と言い聞かせ、走りました。
ひょっとしたら、ゴール手前で倒れちゃうんじゃなかろうか…と思うほど、なかなかゴールが見えてきてくれません。
やっとリレーゾーンのある、昭和記念公園の中央広場的なところに出てきたんですが、そこから実際のリレーゾーンまでが長いこと長いこと…
やっとの思いでリレーゾーンにたどり着いたのですが、ファイターズのユニフォームを着ている誰かを見つけることができず、タスキを持ったままきょろきょろしてると、人ごみの中から勢いよく、アンカーのそうへいさんが飛び出てきて、タスキをつなぐことができたわけです。
ホッとして、足から崩れ落ちてしまいました。

終わった後、全員で柿生まで移動し、開店間もないいくどんへ入り、5人で呑んだビールはまた格別においしいものでした。

今後、これくらいおいしいビールを何度味わえることでしょうかね。機会のある限り、また飲みに行きましょう。

てなわけで、予告したとおり、今回も動画を制作してみました。
今回の動画は、圧縮しないままのスペックだと242MBありました。
それを70MBまで圧縮したため、幾分か画像が粗いのですが、どうかご容赦くださいませ。
本来の242MBのまま見たい方はお知らせください。CD?ROMに焼いてお渡しいたします。


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階段が怖い。

え?。
昨日、駅伝やってきました。
しんどかったです。3kmだけなのに、かなり飛ばしたせいで、足にきています。
パンパンに張ってて、そりゃもう、大変です。
お昼に新百合ヶ丘まで、昼食を摂りがてら、クールダウン兼ねて歩いて行ったんですが、階段や下り坂がものすごく辛いです。
これ書いたらもう寝ちゃうつもりですが、明日にこの筋肉痛が治ってるはずもないほど、パンパンです。

駅伝の様子は、また後日、動画としてアップいたします。
載せられたら厭だって人は今のうちに言っといてね。編集時に切るから。

んでは、足をほぐしつつ、寝ます??
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桃色狂想曲 ?絶滅種よ永遠なれ?

いやいや、一昼夜お騒がせいたしました。
動画アップの件、無事、サイズダウン終了、晴れてここにアップいたします。
まだメンバーの半数ほどにしかいきわたっていないのですが、この動画を見る限り、やっぱりユニフォームは手渡ししたいなぁ、と痛感いたしました。
のざる君には、彼の体調がまだ完全でないまま、ずいぶん中途半端に渡してしまったのは悔やまれますが、なぁに、これから長く活動していく中で、体調が戻って、おもろいこと(伝説プレー的な何か)をやってのけてくれる瞬間はいくらでもあるでしょう。
そのチャンスを狙って、カメラ回したいものですね。さる君に限らず、皆の衆にも。

バックで流れている荘厳な音楽は、スーザの『星条旗よ永遠なれ』というクラシック音楽。
おそらく行進曲的なものですが、この曲の持つバカっぽさに近い可愛さが、このチームには至極合っているのではないかと思ったので、これをチョイスしました。
この曲を、以後、当集団のテーマ曲といたします。異論ある方、前へ出よ。

…じゃ、心置きなく楽しんでくださいませ。
私はやっとこ、熟睡を迎えるといたします。では、おやす!



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むむむ、こまったぞ!

まいどどうも、骨休め最終日の私です。

最終日はまさに完全休養日。
奥さまとつまんないことで喧嘩したのはさておいて、今日は一日、まったりペースで動画編集をしてみました。

そうです、ピンクユニフォーム特集です。
んで、完成したんですが、少々問題がありまして。

出来上がった動画のサイズが113Mあるのです。
いつもここへアップしているところは、100Mのサイズの制限がありまして。
せっかく作った動画をアップできないので、困っておるのです。
動画のサイズをダウンする方法、あるいは100Mを超えても動画をアップできるところ、知っている人がいたらぜひご一報ください。
今あるものをさらに削って再編集してもいいんですが、ぶっちゃけ、超めんどくさい。
1からやり直すのと大して変わらないので、楽な方法、ぜひともギヴミー。

素敵な情報、お待ちンスm(_ _)m
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絶滅種 | コメント:2 | トラックバック:0 |

予定(BlogPet)

きょうようすけと、本八幡は予定するはずだったみたい。

*このエントリは、ブログペットの「楊楊」が書きました。
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二泊一日で得たもの。 ?後篇?

しばらくぶりで、肝心なところが抜けていそうですが、書かないとそれこそ本当に忘れちゃうので、書きます。




父は顔が広い。
マスコミ業界にまで顔が利く。
で、私が実家へ帰ることを決めて間もなく、父は古い知り合いと会ってきた。
その知り合いとは、ずいぶんと偉い人なのだが、その人の偉い偉くないはさておいて、昨今のテレビ業界は空気が悪い。
映画業界は今、好景気なのだが、それに反比例するかのごとく、広告収入がその第一であるテレビは、インターネットに押されて苦戦を強いられているのが現状だ。
在京キー局ですら、黒字展開している民放は僅かで、地方ともなればなおさら、難しいところだ。
だから、その偉い人が「あいつに何か仕事を与えてくれ」なんていったところで、「いや会長、与えるも何も、仕事そのものがないんですけど」と、本音で返されては首をかしげる、そういう時代なのだ。

普通なら門前払いを受けてしかるべき時代なのに、

「いちど、会って話をしてみたい」

と、ご紹介を受けた会社のご厚意で機会を設けていただくことに。

今回の帰省の主目的は、これだったのだ。
「就職試験」ではない。「顔合わせ」だ。

というのも、あちらは私に関する情報のほとんどを知らず、せいぜい「東洋の息子」というだけだ。
うちの親父は面談の前に、「できるか?と訊かれたら『できます!』と答えろ」というのだ。
つまり、カメラやれと言われれば、経験もないのにやれるといい、録音についてもしかりである。

親父のその感覚は、ちょっとびっくりした。
新卒の面接じゃないんだから。
技術職のできる・できないは、本当にできなきゃ「明日から来なくていい」と言われる世界なわけで。
親父はそれを知らないとはいえ、そこまで想像できてなかったのにはびっくりした。
同時に自分は今、34歳なのだ。
それに、フィールドの違いはあるものの、曲がりなりにも東京で仕事をしたという実績があり、しかも深作組での経験があるとなれば、向こうだって構えるのは間違いない。
地方から見た東京の仕事は、扱う桁数が違うのだ。人も、金も。

その面談中、だからこそ私は、曲げなかった。
ライターであることを一貫した。
「なんでもやる」なんて姿勢はハナからなかったものの、「こっちへ帰ってきて、何を志望しているのですか?」という問いには、正直にこう答えた。

「両親を助けたいというのが、本音です。家族が食える程度の収入があれば仕事は選ぶつもりはありませんが、自分のスキルを活かすということであれば、文章に携わるものがあればと」

結論、ここだけでなく地方局のほとんどで「書き屋」はあまり必要がなく、構成作家すらつかずにディレクターが一人何役もこなして仕事を進めるのが現状だそうで、それこそドラマとなれば、東京にいたほうがいいのではないかと言われたわけだ。

当然なのだけど、今の私はもう、違うスイッチが入っているのだ。
主として親を助け、副として自分がのめりこめるものがあれば理想である。
副の要素を探した結果は、こうなった。

「何かアイデアがあったら、いつでも連絡をください」

ありえないと思って臨んだ面談の席だったのだが、1時間半も話をして得たものは、バイパスだった。
例えば何か、そういった方面でのアイデアが出たとして、本を書いたとして、持っていく先ができたのだ。
シナリオというのは地方では難しいが、違うことならできるかもしれない。
つまり、『フリー』として、お知り合いになることができた。

東京を離れるということは、イコール、こういった仕事はないものだと思っていたのだけど、ある種、自分以外の人間何人かの生活を背負うことになる自分にとっては理想的な話になった。

…話になったけど、『主』を支えるための仕事探しはまだ続行しなければならない。。。

こんな俺だって、こっちで生活した11年と半分で、それなりに学んだわけですよ。
定期的な収入が、いかに家族へ安らぎを与えるのか、ということを。
同時に、収入が不安定だと、いかに家庭がすさむのかということを。

定期的な収入を、探します。
それって、大事なんです。

でも俺にとって、『不定期な収入源』を100%取り上げられなくてよさそうです。
少しだけ救われた気がしました。
ありがとう、いろんな人たち。

持つべきものは、人とその愛。
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