60% water

ヒトのからだの60%は、水で出来ている。

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paper drive

何から手をつければいいのか、さっぱり。

・・・いけませんな、まさにペーパードライバーの心境。



仕事中にうっかり考え始めちゃうと、誤配しちゃったり、配らなきゃいけないものを配り忘れて後戻りしたり。
その辺だけは昔と変わってないのが、イラっとする。

そういう部分は捨てて、アイデアの生み方、膨らませ方を思い出したいわ。
ブランクなのか、そもそもその程度の素質だったのか、とりあえず目的地まで完走してみないと、判断できません。



今日、『ファーゴ』を観た。
なんとなく。
行くあてもない脳みその暴走を止めるため、なにか別のことをしたいと思って。
・・・で、昔に観た『面白かった』と自分が思ったそれを、観た。

なんでだろう、あんまりおもしろいと感じなかった。
確かに、僕の好きな悲喜劇ではあるんだけど、なぜだかよく出来てるとすら、思えなかった。
言葉が英語だったからかしら。近頃は、邦画ばっかり観てたから。
言葉よりも文化や生活観の違いのほうが、違和感を覚えるんだけど。
ホント、近頃は洋画が面白いと思えなくなっている。
こないだ何の気なしに観た『8mm』も、時間の無駄だった。
だけど邦画が全部面白いと思うわけでもなく。うーむ、困ったもんだ。

つまり、今の自分と昔の自分との中で、自分が知らないうちに変わっている部分があって、そこがやっぱりキーになってるんじゃないかと。

しんどいけど、やっぱり『今の自分』と向き合わないとだめなんだな、と思った。

だからこそ、『こういうものを書きたい』というか、偉そうな言葉で言えば『テーマ』はもう、既にあるんだ。
それを具現化するために道具探しをしているんだけど、蛇足ばかり思いついてしまう。

明日はリセットするぞ。

今年に入って初めて、草野球してきます。



もうしばらく、ペーパードライバー気分で自分を走らせてみます。
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開幕。

幕が開けた。


プロ野球、2012シーズン開幕。

中日吉見、ヤクルト石川がともに終盤までノーヒットの展開を見せるが、ともに捕まる。
特に石川は9回1アウトまでノーヒットだっただけに、最後まで行き詰まる展開だった。
一方、吉見はノーヒットどころかランナー一人として許さない完全試合を目指していたが、一本打たれて緊張の糸が切れたのか、それを皮切りに連打を浴び、失点。

さて、我がファイターズ。
なぜか開幕投手を任ぜられた、斎藤佑樹。
昨年度6勝6敗。
完封はおろか、完投経験すらない2年目の投手。

しかし『持ってる男』は違った。
開幕戦という、晴れの舞台で、やってのけた。やりよったぞ、ヤツは。

1失点完投勝利。

打線も繋がり、打ちも打ったり9得点。

斎藤も馬鹿ではない。…いやいや、どちらかといえば、割りと賢いほうだろう。

過大評価をされてるということや、多くの野球ファンから、武田勝やケッペルを押し退け、自分の開幕投手を疑問視する声は想像できていただろう。

誰よりも大きなプレッシャーを背負ってのマウンド。

恐れ入りました。アンタは男や!



さて、我が職場でも様々動きがあった。

人事異動のこの時期、特に今年は多くの異動者が出た。
我が班からは最年長のTさんが定年退職の挨拶。
…とはいえ、再雇用者としてまた来年度もいっしょにやるわけだけど、区切りは区切りだ。
Tさんにとっては、少し見晴らしの違う場所から、またこの職場を見ることになるんだろう。

そして、もうひとつ。

12月頭から病欠を続けていた班長が、ついに戻ってきた。

班長は、今だから言えるけど、胃ガンを患って入院していた。
歳は僕とひとつしか変わらない。
ガンという病気が、すごく近くまでやってきているのだ。

久しぶりに見た班長は、かなり痩せていた。
胃を切除したんだから、それは致し方ない。

体力回復も不十分なので、班長はしばらくは内務に専念することになる。
みんなが思う以上にこの『通配』という仕事は重労働。
特に今日みたいに重いタウンメールが来ると、どうしようもない。

そんなのを病み上がりの班長に抱えさせるのは、忍びない。

たとえ内務だけとはえ、班長が戻ってきただけで、班の意識がピリッと引き締まる。
それだけで充分価値のある班長の復活。

おかえりなさい。



昨日は、いろいろ考えて眠れなかった。

僕も、動くぞ。

幕は開けた。
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宣言。

前回の記事に書いた、

ちゃんと書かなきゃね。僕には筆があるのだから。

人に見せてもいい筆が、備わっているはずなのだから。


これについて、仕方がないから解説します。



27日、28日と、杉村先生のお墓参りに行ってきた。
昨年まではひとりで行っていたのだが、その話をキシコにした際、『行くときは声をかけろよ、一緒に行けそうなら同行するから』と言われたので、今年は予定を合わせて行ってきた。
毎年、『報告することなんてまるでない』と思いながらも、いざ墓前となると、いろいろ言葉が出てくるものでして。
ところが今年は違った。
キシコが先生の墓前で先生の声を一生懸命拾ってたころ、僕が先生に報告したことは、たった一つ。

今年に入って仕事が落ち着はじめてから、つらつら考えていたこと。
3月に入る前くらいから、少し動き始めたこと。

ようすけ、御年三十八歳、今年は何かをアウトプットします。

書きます。



どういう展開だったか忘れちゃったけど、墓参り後にキシコと飲んでる時、なんらかで問い詰められて、答えてしまった。
今年は書く、と。

本当は先日に書いた程度の、感付く人ならなんとなく『ようすけは書く気なんじゃないか』と思う程度の表現にとどめておいて、自分をあまり追い込まないようにしておくつもりだったんだけど、いやいや、ここはキシコだけでなく、みんなにも知っておいて貰って、僕自身を追い詰めてみよう。

無理して書いたものが面白いはずがないので、書きたいものをじっくり書く。

なんせ、仕事しながら、休みなどの空いている時間を利用して書くわけなので、そもそも遅筆の自分がさらに時間をかけてしまうわけだ。

でも、どんなのでもいいから、書くぞ。書いてみるのだ。



今すぐそこに、書きたいものがあるわけじゃない。

あれこれと、過去の自分と今後の自分とに向き合ってみたとき、僕にある『スキル』は、人前で揮っても、それなりに読むに耐えうる筆が備わっていることくらいしか、なかったのだ。

今のままでも生活はできる。
だが過日に書いたとおり、ここの職場は大変よろしくない空気に今もなお晒され続け、いつ転覆したって不思議じゃない船に乗っている感覚は払拭できない。
そして、この仕事自体がそんなに好きではない。天職だ、とは思えない。

だからと言って、別段興味のない資格を取りに向かうのも、今の段階では特別必要に迫られてもなく、リアリティもない。

なら、なんだ。

38歳逃げるにしかず・・・ではない。(※注:三十八計逃げるにしかず・・・よ、本来は)
38歳にして、敢えて攻めてみます。

書きます。



ただね、ライターという職業に、またなろう・・・戻ろう・・・というわけでもないの。
僕は僕を試したい・・・その切っ掛けに『書く』という選択をしたの。
親があり、家があり、墓のある、ここ(三重県)を離れるわけにはいかず、だからといってこのままだらだら行くのも癪だから、僕自身が別のステップへ臨むことのできる階となってくれれば、意味ができる。
それには最低限、ある一定以上の他人の評価を得なければならない。
でもそれに臆することなく、ものを作ろうと、今の段階では思っています。



というわけで、テーマ探しというか、自分探しを恥ずかしながらこの年でやりたいと思います。
だから今年は、いろいろな人と、いろいろ触れ合って、感じれることはすべて掬い取って、そういうアンテナをまた構築しなおします。

頑張りすぎない程度に頑張ります。
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自分改革

近頃思うのは、最近の自分が、まるで自分でないように思えること。
いろいろ億劫に感じちゃって、いろいろ後回しにしちゃったり。
仕事が忙しいのにかまけて、あれこれ考える癖をいつの間にかやめちゃってたり。

そういうところを、少しずつ、無理なく、修正しようと思っている、3月。



『映画を、興味をもって見なくなった』

これ、よくよく考えると、とっても良くないこと。

映画学校に行った男なのに、気がつけば、ほとんど映画を見なくなってた。
職場のせいにしてはいけない事象。
だから、近頃少しだけ興味のあった映画を見てみることにした。

『冷たい熱帯魚』

日曜日に、観た。
面白い・・・とか、つまらない・・・とか、そういう感想ではない。
興味深い、という表現が一番しっくりくる。
巷に言われる『ちょいグロ』とかは、僕の中では全然気にならないスプラッター描写。むしろ、この映画については余計な情報といえる。
そのラストがあまりにも衝撃的で、「えええーーーっっっ!??」と、つい、声をあげてしまった。


こんな素敵かつ大胆かつ身勝手な作品の監督である、園子温監督。
この人物に、興味が出た。

なので今日、『愛のむきだし』という、これもまた園子温監督作品を鑑賞した。

とても長い作品で、すべて観るのに、中休みも入れて半日かかってしまった。
今日の午後はまるまる愛をむきだしてしまっていた。

冷たい熱帯魚に比べれば、ラストに救いのあった分、気持ちよく眠れそうだ。
何なら少し、涙すら出た。

ただ、思ったのは、この園子温監督は、親子間の愛の断絶というものに重きを置いているような気がしてならない。
2本に共通する裏テーマが、親子愛だと思う。

その映画を観終わって、父と食事をし、母としゃべった。

妻は体調が良くないと、さっさと床に就いた。

僕は今、あとは寝るだけ状態。

その昔、『何でもないようなことが 幸せだったと思う』と唄ってミリオンセラーをつかんだ人がいたけど、そのさびの部分だけはほんの少し共感できた。
ただね、日常は繰り返すからこそ人を苦しめたりもするし、人を油断もさせる。

僕は油断していた。

もう少し、ほんの少しだけ、気を引き締めて日常を送らなきゃ・・・と、それが僕の感想。



『聞くこと≠知ること 見ること≒知ること』

これは、昔に発見した法則。
他人から何かを聞いただけで、それを真実のように語る誰かが気持ち悪くて、それを発見した。
聞いただけでは知ったことにはならないわけで。
見て、感じて、はじめて知るのだ。

観てよかった。グロくはないぞ。少なくとも僕には。

斬られたら痛いし、深けりゃ血も出る。当たり前のこと。
それはグロじゃないし、痛みがそれなりに伝わってるからグロではない。
グロってのは、えぐいし、えげつない。

冷たい熱帯魚をグロで片づけないでくれ。
愛のむき出しを長編映画で片づけないでくれ。

もっと大切なことを伝えなきゃ、ダメだろ。

2作品とも、パワーの塊みたいな映画に見えました。僕には。

ああいうパワーが、僕には必要だ。



要するに、愛ってなんだ。

それを探しつつ、今夜も冷たい布団で眠る。さらばじゃ。
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2012

気がつけば、もう2012年になっていた。
マヤ歴に準えると、今年の12月22日だか23日だかで、人類は終わるらしい。
たぶん終わらないだろうから、続きを生きる。

例年だと、今の時期はそんなに忙しくない。
なぜか今年は忙しい。
そしてなぜか、僕は基本的に機嫌が良くない。
忙しいのが続くと、そんなもんかもね。
ただでさえストレスたまる生活なのに、うちの嫁はいつも通り僕に冷たくあたるので、あんまり近寄らないようにしている。
これ以上の余計なストレスは、いらんのだ。

で。

2月は例のうどんツアー。
これを楽しみに、日々を生きている。
2月10日から2月12日の三日間、せいいっぱい楽しんでこようと思っている。
せいいっぱい楽しむために、新たなTシャツを用意した。

うどん部Tシャツ。

既に僕の手元にあり、これを購入希望者に、当日現地で渡すことになっている。
総勢11人。ほとんどがそのTシャツを着て、ツアーをめぐることとなっている。

うどん断ちをして早2ヶ月、早くうどんを食べたい気持が、これもまた余計なストレスを僕に与える。
・・・いや、これに限っては『ツアーをより楽しく迎えるため』と捉えているのだが。



今年はどうやら、ちょいちょい東京方面に顔を出すこととなりそうだ。
ばあちゃんの一周忌に始まり、杉村先生の墓参り、エクストリームのライブ、ビール祭り。
今の時点ですでに4件。いくどん部の活動に顔を出すことができれば、5件。

お金、貯めとかないとなあ。。。



家にいると、余計なことばかり考えるようになりました。
職場に愛想を尽かして辞めていく人たちが、新年を迎えた今もなお、後を絶ちません。
いや、泥舟感たっぷりの我が職場、確かに、希望なんてものがみつかりにくいわけです。
若い人はなおさら、穴のあいてない船へ乗り換えていっているわけです。
僕は今の職場が嫌いではないけど、好きでもないです。
要は、ここに限っては、どうでもいいんです。
ここへ居続けたところで、なにか資格が持てるわけでもなし、出世や上昇志向とは無縁の世界だし、むしろ日々を無事安全に過ごすことを祈るのが丁度いいくらい。

もうすぐ40になっちゃうし、早く自分のスタイルというか、したいことというか、そういうのを捕まえたいなあ。

新しいことに挑戦するのは、年をとってからだとなかなか難しいことなんだな、と思うようになりました。

とにもかくにも、早く2月になってほしい今日この頃。

でも12月22日がきちゃうと、終わっちゃうかもしれないから、うどん食べつつも2012年をどう過ごしていくか、じっくり見極めようと思います。

いろんな意味で、時間がないのじゃ。ううむ。
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